ゾウは本当にネズミが怖い?
確かな証拠はありません。ネズミより、足もとで急に動くものに驚くと考えられています。
巨大なゾウが、足もとに現れた小さなネズミを見て悲鳴を上げ、前脚を上げて飛びのく。アニメや漫画で何度も描かれてきた、おなじみの場面です。
体重が数トンもある動物が、数十グラムのネズミを怖がる。その意外さが面白いのでしょう。けれど、この話には科学的な裏づけがあるのでしょうか。たどっていくと、2000年近く前の書物と、テレビ番組の実験に行き着きます。
2000年近く前からある話
ゾウとネズミの組み合わせは、とても古くから語られてきました。1世紀のローマの博物学者、大プリニウスは、百科事典ともいえる著書『博物誌』の中で、ゾウはネズミを何よりも嫌い、ネズミが触れた餌は食べようとしない、と書いています。
この本は中世ヨーロッパでも広く読まれ、ゾウとネズミの話もくり返し語り継がれました。のちには「ネズミがゾウの鼻の中に入り込むのを恐れている」という説明もよく聞かれるようになります。けれど、ゾウの鼻にネズミが入り込んで困らせたという確かな記録は見当たりません。ゾウは鼻から強い息を吹き出せるので、小さなごみくらいならすぐに吹き飛ばしてしまいます。
テレビ番組の実験
この話を実際に確かめようとしたのが、アメリカの科学検証番組『怪しい伝説(MythBusters)』です。番組では、アフリカの野生動物保護区で、ゾウのフンを丸めた中に白いネズミを隠し、ゾウが近づいたところでフンを転がしてネズミを出すという実験を行いました。
すると、歩いてきたゾウはぴたりと足を止め、後ずさりして、ネズミを大きくよけて通り過ぎました。フンだけを転がしたときには、ゾウは気にせず歩いていったそうです。番組はこの結果から、伝説を「ありうる」と判定しました。
ただし、これはテレビ番組の試みであり、何頭ものゾウで条件をそろえてくり返した科学的な研究ではありません。ゾウはネズミを避けたものの、パニックを起こしたり、悲鳴を上げたりしたわけではありませんでした。「怖がった」のか、「見慣れないものを警戒した」のかは、この実験だけでは区別できないのです。
足もとの「何か」に驚く
では、ゾウの専門家たちはどう考えているのでしょうか。
動物園のゾウ舎では、干し草のまわりにネズミが住みつくことは珍しくありません。それでもゾウはネズミをほとんど気にしていない、と飼育係たちは話しています。もしゾウが本気でネズミを怖がるなら、毎日が大騒ぎになってしまうでしょう。
専門家がよく指摘するのは、ゾウの目の性質です。ゾウの視力はあまりよくないとされ、大きな頭と鼻のせいで、すぐ足もとは見えにくいと考えられています。そんな場所で、小さなものが突然ちょこまかと動けば、驚くのは当然です。それはネズミに限らず、犬やヘビ、ほかの小動物でも同じだといいます。ゾウが驚くのは「ネズミ」だからではなく、「足もとで急に動く何か」だから、というわけです。
ゾウが本当に避けるもの
一方で、ゾウがはっきりと嫌がる小さな生きものがいます。ハチです。
アフリカでは昔から、ハチの巣がある木にはゾウが近づかないと言われてきました。イギリスのオックスフォード大学などで研究したルーシー・キングさんは、2007年にこれを確かめる研究を発表しました。ハチの羽音を録音して野生のゾウに聞かせると、ゾウの群れは頭を振りながらその場を離れていったのです。のちの研究では、仲間に危険を知らせるような低い声を出すことも報告されました。ゾウの皮膚は分厚いものの、目のまわりや鼻の中など、刺されると痛い場所はたくさんあります。
この性質を生かして考え出されたのが、畑のまわりに巣箱を吊るして並べる「ハチの巣フェンス」です。ケニアで9年間にわたって行われた調査では、フェンスに近づいたゾウの約86%が、畑に入らずに引き返したと報告されています。ゾウと農家の衝突を減らしつつ、はちみつもとれる方法として注目されています。