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    万里の長城はいつ作られた?

    一度に造られたのではなく、紀元前7世紀ごろから17世紀の明代まで、2000年以上かけて築き継がれました。

    21,196km

    歴代の長城を合わせた全長(2012年発表)

    緑の山の尾根を、見張り台を連ねた城壁がうねうねと越えていく。万里の長城は、中国を代表する世界遺産で、1987年にユネスコの世界遺産に登録されました。

    「万里の長城を造ったのは誰?」と聞かれたら、多くの人が秦の始皇帝の名を挙げるでしょう。たしかに始皇帝は長城の歴史に欠かせない人物です。けれども、長城は一人の皇帝が一代で造ったものではありません。始まりは始皇帝よりずっと前、そして完成したのはずっと後のことでした。

    始まりは戦国時代の「国境の壁」

    長い防御用の壁が中国で築かれ始めたのは、紀元前7世紀ごろのことです。当時の中国は多くの国に分かれて争っており、楚や斉といった国々が、自国の国境を守るために壁を築きました。

    やがて戦国時代になると、北の国々は、隣国だけでなく、北方の遊牧民の騎馬軍団に備えて壁を築くようになります。この段階では、長城はまだ国ごとにばらばらの壁でした。

    始皇帝がつないだ「万里」

    紀元前221年、秦の始皇帝が中国を統一すると、各国の壁のうち、北の守りに必要なものをつなぎ合わせ、延ばしていきました。工事を指揮したのは将軍の蒙恬(もうてん)です。北方の遊牧民である匈奴を退けたあと、西の臨洮(りんとう)から東の遼東まで、長大な壁を築きました。

    司馬遷の歴史書『史記』は、この長城を「万余里」にわたると記しています。「万里の長城」という呼び名は、ここから来たとされています。ただし「万里」は、正確な距離というより、とてつもなく長いことのたとえと考えたほうがよいでしょう。

    秦の長城は、土を型枠に入れて突き固める「版築」という方法で造られた土の壁が中心でした。私たちが写真でよく見る、レンガ造りの立派な城壁とは、ずいぶん違う姿だったのです。

    青空の下の乾いた荒れ地に、横じまの層が見える土色の低い壁の残骸と、四角い塔の跡が点々と続いている
    中国西部・甘粛省の玉門関付近に残る漢代の長城。葦などの植物と砂礫を交互に積み重ねて築かれ、2000年以上たった今も形をとどめています。出典: N509FZ / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons

    漢、そして明へ

    秦のあとを継いだ漢は、長城をさらに西へ延ばし、シルクロードの入り口にあたる今の甘粛省まで達しました。オアシスの町・敦煌の近くには、葦や柳の枝と砂礫を交互に積み重ねて築いた漢代の長城が、乾いた気候に守られて今も残っています。その後も、北魏や金など多くの王朝が、それぞれの時代の国境に合わせて長城を築いています。

    今の長城の姿を決定づけたのは、14〜17世紀の明です。明は北方のモンゴル勢力に悩まされ、とくに1449年に皇帝が捕らえられる大敗(土木の変)を喫してからは、長城の強化に力を注ぎました。焼いたレンガや切り出した石を使った頑丈な城壁が、長い年月をかけて築かれていきます。北京郊外の八達嶺の関所は1505年に築かれ、1567年から数年の間には、将軍の戚継光(せきけいこう)の指揮で、1200もの見張り台が造られました。

    緑の山々の尾根に沿って、見張り台をはさみながら石とレンガの城壁がうねるように続いている
    北京郊外の慕田峪(ぼでんよく)の長城。いま観光地で見られる長城の多くは、明の時代にレンガや石で築かれたものです。出典: Velatrix / CC0 / Wikimedia Commons

    私たちが「万里の長城」と聞いて思い浮かべる、レンガ造りの城壁と見張り台。その多くは、始皇帝の時代から1700年ほど後の、明の時代に造られたものなのです。

    全長は2万1196キロメートル

    では、長城は全部でどれくらいの長さがあるのでしょうか。中国の国家文物局は2007年から各地で長城の遺構を調べ、2012年、歴代の長城を合わせた全長を2万1196.18キロメートルと発表しました。15の省・自治区・直轄市にまたがり、地球の円周の半分を超える長さです。そのうち明代の長城だけでも、約8850キロメートルあります。

    紀元前7世紀から17世紀まで、2000年以上。長城は、いくつもの王朝が、その時代ごとの事情に合わせて造り、つなぎ、造り直してきた、とてつもなく息の長い建築なのです。

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