昔の人は本当に短命だった?
平均寿命の低さは、主に子どもの死亡の多さによるものです。大人になれば長生きする人も多くいました。
昔話に出てくる「おじいさんとおばあさん」は、実は40代くらいだったのではないか。そんな話を耳にしたことはないでしょうか。江戸時代の平均寿命は30代から40歳前後だったと推定されていますから、そう考えたくなるのも無理はありません。
ところが、「平均寿命が短い」ことと、「みんなが若くして亡くなった」ことは、まったく別の話です。この数字には、ちょっとした落とし穴が隠れています。
平均寿命という数字のからくり
平均寿命とは、生まれたばかりの赤ちゃんが、その後平均して何年生きられるかを表した数字です。つまり、0歳で亡くなる子どもも、90歳まで生きる人も、すべてひっくるめて平均したものです。
極端な例で考えてみましょう。2人のうち1人が生まれてすぐに亡くなり、もう1人が70歳まで生きたとします。2人の平均は35歳です。けれども、35歳で亡くなった人は1人もいません。平均寿命は、「多くの人が亡くなる年齢」を表しているとは限らないのです。
昔の社会では、まさにこれと同じことが起きていました。感染症や栄養不足などで、多くの子どもが幼いうちに命を落としていたのです。平均寿命を大きく押し下げていたのは、大人の早死にではなく、子どもの死亡の多さでした。
江戸時代の人の一生
江戸時代の人々の寿命は、宗門改帳(しゅうもんあらためちょう)と呼ばれる、いまの戸籍のような記録などをもとに研究されてきました。地域や時期による差はありますが、子どもの死亡はかなり多く、天然痘やはしかなどの流行病は、とくに幼い命を奪いました。「七つまでは神のうち」という言葉には、子どもが無事に育つことの難しさが込められているともいわれます。
一方で、子どもの時期を乗り越えた人の中には、60代、70代、80代まで生きる人も、決して珍しくありませんでした。
たとえば徳川家康は70歳を超えて亡くなり、健康法の本『養生訓』を著した貝原益軒は、80歳を過ぎてからこの本を書き上げたとされます。浮世絵師の葛飾北斎は、数え年90歳まで絵筆をとり続けました。もちろん彼らは恵まれた一部の人かもしれませんが、「40歳で老人」だったわけではないことはよくわかります。
狩猟採集の時代も同じ
この傾向は、もっと古い時代にもあてはまるようです。2007年に発表された研究では、近代的な医療に頼らずに暮らす世界各地の狩猟採集民のデータを比べました。
その結果、生まれたときの平均余命は20〜37年ほどと短い一方で、大人になってから亡くなる年齢として最も多かったのは、おおむね70歳前後でした。15歳まで生き延びる子どもは6割ほどにとどまりましたが、大人になった人の多くは、孫の世代の成長を見届けるまで生きていたのです。私たちの祖先も、似たような一生を送っていたと考えられています。
それでも寿命は延びた
とはいえ、昔の人が今と同じくらい長生きだったわけではありません。日本の平均寿命が男女とも初めて50歳を超えたのは、第二次世界大戦が終わってまもない1947年のことでした。それが今では、男女とも80歳を超えています。
この大きな変化を生んだのは、まず乳幼児の死亡が激減したことです。ワクチンや抗生物質の普及、栄養や衛生の改善によって、多くの子どもが大人になれるようになりました。さらに近年は、高齢になってからの寿命も延びています。昔の人が短命だったというより、昔は「大人になること」そのものが、とても難しかったのです。