「真珠の耳飾りの少女」のモデルは誰?
わかっていません。そもそも特定の人の肖像画ではなく「トローニー」とされています。
2ギルダー
青と黄色のターバンを巻いた少女が、肩越しにふとこちらを振り返る。唇はかすかに開き、耳元では大きな真珠が光っています。オランダの画家ヨハネス・フェルメールが1665年ごろに描いた『真珠の耳飾りの少女』は、「北のモナ・リザ」とも呼ばれる名画です。
これほど有名な絵なのに、描かれた少女が誰なのかはわかっていません。そして調べていくと、そもそもこの絵は、誰か特定の人を描くための絵ではなかったらしいのです。
肖像画ではなく「トローニー」
この絵は、オランダのハーグにあるマウリッツハイス美術館が所蔵しています。縦44.5センチ、横39センチと、意外なほど小さな油彩画です。
美術史では、この絵は「トローニー」と呼ばれる種類の作品とされています。トローニーとは、17世紀のオランダで描かれた、人物の「顔」を主題にした作品のことです。特定の人物の姿を記録する肖像画とは違い、描かれた人に似せる必要はありません。異国風の衣装や印象的な表情など、見る人を惹きつける顔つきそのものが主役でした。
少女が巻いているターバンも、当時のヨーロッパではエキゾチックな装いとして関心を集めたものです。フェルメールの死後に作られた財産目録には「トルコ風に描かれた2点のトローニー」という記載があり、そのうちの1点がこの絵ではないかとも考えられています。
モデル候補はいるけれど
それでも、モデルが誰だったのかを想像する人は後を絶ちません。候補としてよく名前が挙がるのは、フェルメールの長女マリアや、フェルメールの最大の支援者だったファン・ライフェンの娘マグダレーナです。けれども、どちらにも決め手となる証拠はありません。
1999年には、アメリカの作家トレイシー・シュヴァリエが、フェルメール家の若い使用人がモデルになったという筋書きの小説を発表し、2003年には映画にもなりました。ただし、これはあくまでフィクションです。
真珠には輪郭も留め具もない
2018年2月から3月にかけて、マウリッツハイス美術館は「ガール・イン・ザ・スポットライト」と名づけた調査を行いました。絵を額から外して特設のガラス張りの作業室に置き、来館者が見守るなかで、国際的な研究チームが2週間かけて、顕微鏡やX線などを使って調べたのです。その成果は2020年に発表されました。
わかったことのひとつが、耳飾りの描き方です。真珠は、半透明と不透明の白い絵の具を数筆置いただけで表されていて、輪郭線がなく、耳に掛けるための留め具も描かれていませんでした。私たちが見ている真珠は、光と影の筆づかいが生み出した、いわば目の錯覚だったのです。
それより前の2014年には、オランダの天体物理学者ファンサン・イッケが、この耳飾りは真珠にしては大きすぎ、形や光の映り込み方からみても、磨いた錫(すず)のように見えると指摘していました。本物の真珠だったのか、ガラスや金属の模造品だったのか、そもそも実在した耳飾りなのか。その答えは、絵の中には描かれていないのです。
調査では、肉眼では見えない細いまつ毛が描かれていたことや、真っ黒に見える背景に、もとは緑色のカーテンが描かれていたことも明らかになりました。緑の絵の具が長い年月のうちに変化し、黒く見えるようになったと考えられています。絵の具には、アフガニスタン産のラピスラズリからつくった高価な青、ウルトラマリンも使われていました。
それでも、少女の正体だけはわかりませんでした。美術館の館長は、少女はまだ自分が誰なのかという秘密を明かしてくれない、それでも前より少し彼女のことを知ることができた、という趣旨のことを語っています。名前のない少女だからこそ、見る人はそれぞれの物語を重ねたくなるのかもしれません。