眼鏡はいつ生まれた?
13世紀後半のイタリアです。1306年の説教に「発明から20年たっていない」とあります。
1306年
朝起きて、まず手を伸ばすのが眼鏡だという人は多いでしょう。文字が読めない、遠くが見えない。そんな悩みを、2枚のレンズがあっさり解決してくれます。
発明品の多くは、いつ誰が作ったのかがはっきりしません。ところが眼鏡については、その誕生の時期を教えてくれる、ちょっと珍しい記録が残っています。700年以上前に、ある修道士が語った説教です。
「まだ20年もたっていない」
1306年2月23日、イタリアのフィレンツェで、ドミニコ会の修道士ジョルダーノ・ダ・ピサが説教を行いました。その中で、彼はこう語っています。
よく見えるようにする眼鏡を作る技術が見つかってから、まだ20年もたっていない。これは世にある技術のなかでも、最も優れ、最も必要なものの1つである。
この言葉から逆算すると、眼鏡が生まれたのは1280年代の半ばごろ。場所は北イタリアのどこか、と考えられています。ただし、発明した人の名前はわかっていません。同じころ、ピサの修道士アレッサンドロ・デッラ・スピーナが、ほかの人が秘密にしていた眼鏡の作り方を自力で見つけ出し、惜しみなく人々に伝えた、という記録も残っています。
それ以前にも、文字の上に置いて拡大して読む、レンズのような「読書石」が使われていました。それを2枚組にして目の前にかけられるようにしたことが、眼鏡の大きな発明だったのです。
絵に描かれた最初の眼鏡
眼鏡をかけた人物が描かれた最も古い絵として知られているのが、1352年にイタリアの画家トンマーゾ・ダ・モデナが、北イタリアのトレヴィーゾに描いた壁画です。机に向かって書き物をする枢機卿の鼻の上に、2枚の丸いレンズがちょこんと載っています。
初期の眼鏡は、どれも凸レンズを使った、いまでいう老眼鏡でした。近くの文字が見えにくくなった学者や修道士にとって、まさに救いの道具だったでしょう。近視を補う凹レンズの眼鏡が登場するのは、15世紀半ばになってからです。なぜレンズで視力が補えるのかを科学的に説明したのは、天文学者ケプラーで、1604年のことでした。眼鏡は、仕組みがわかる300年以上も前から使われていたことになります。
また、当時の眼鏡にはつるがありませんでした。鼻に載せたり、手で持ったりして使ったのです。耳にかけるつるがついた眼鏡が広まったのは、18世紀になってからのことでした。
ザビエルが日本に持ってきた?
眼鏡が日本にやってきたのは、戦国時代のことです。1551年、キリスト教の宣教師フランシスコ・ザビエルが、周防国(いまの山口県)の大名・大内義隆に会ったとき、贈り物の1つとして眼鏡を献上したのが最初だとされています。ただし、その眼鏡は残っていません。
現存する古い眼鏡としてよく知られているのが、静岡県の久能山東照宮に伝わる、徳川家康が晩年に使ったとされる眼鏡です。べっ甲でできた枠に2枚のレンズがはまったもので、鼻に載せたり手で押さえたりして使ったようです。この眼鏡は国の重要文化財に指定されています。
家康の眼鏡は、スペインかポルトガルからの贈り物だったのではないかといわれる一方、九州の職人がレンズを磨いた国産品ではないかという説もあります。また、京都の公家が1593年に家康から眼鏡をもらったと日記に書き残しており、家康は眼鏡を人に贈ることもあったようです。室町幕府の将軍・足利義晴が持っていたと伝わる眼鏡もあり、こちらがさらに古いという説もあります。
江戸時代の半ばになると、江戸や大坂などの大都市には眼鏡を売る店が現れ、鼻に挟む眼鏡や、ひもで耳にかける眼鏡が使われるようになりました。