新幹線の鼻はなぜ長い?
空気抵抗を減らすだけでなく、トンネルの出口で響く「ドン」という音を抑えるためです。
15m
ホームに並ぶ新幹線を見比べると、車両によって顔つきがずいぶん違います。丸くて愛嬌のある顔、くちばしのように尖った顔、そして東北新幹線の「はやぶさ」のように、先頭がぐっと前に伸びた顔。E5系の場合、その「鼻」の長さはおよそ15メートルもあり、先頭車両の長さの半分を超えるほどです。
速く走るには空気抵抗を減らすことが大切だから、と考えるのが自然でしょう。もちろんそれも理由のひとつです。けれども、新幹線の鼻を長く伸ばさせた陰の主役は、意外にもトンネルでした。
丸い鼻の0系
1964年、東海道新幹線の開業とともに登場した0系は、丸みを帯びた短い先頭部が特徴でした。当時の旅客機を参考にしたともいわれる、親しみやすいかたちです。最高速度は時速210キロ。この速さでは、トンネルの騒音はまだ大きな問題にはなっていませんでした。
トンネルから響く「ドン」
問題が表面化したのは、1975年に山陽新幹線が博多まで全線開業したころです。山がちな地形を走るこの路線には長いトンネルが多く、列車がトンネルに入ると、反対側の出口付近で「ドン」という破裂音が響き、近くの家の窓や戸がガタガタと鳴る、という苦情が寄せられるようになりました。
これは「トンネル微気圧波」と呼ばれる現象です。高速の列車がトンネルに飛び込むと、入口で空気が急に押し縮められ、圧縮された空気の波が生まれます。この波はトンネルの中を音の速さで列車より先に進み、出口にたどり着いたところで、外へパルス状の圧力波となって放たれます。鉄砲を撃ったような音が出るのは、このためです。砂利を敷いた線路と違い、コンクリートで固めた線路(スラブ軌道)が続く長いトンネルでは、圧縮波が途中で弱まりにくいことも、問題を大きくしたとされています。
鼻を長くすると何が変わるのか
出口で放たれる微気圧波の大きさは、トンネルの中を進む圧縮波の「立ち上がりの急さ」、つまり圧力がどれだけ急激に高まるかに、ほぼ比例するとされています。そして列車の速度が上がるほど、この立ち上がりは急激に鋭くなります。スピードアップを目指すかぎり、避けては通れない問題でした。
そこで考えられたのが、先頭部を細長くして、断面積が少しずつ大きくなっていく形にすることです。注射器のピストンを一気に押し込むのではなく、じわじわと押し込むようなもので、空気の圧縮がゆるやかになり、波の立ち上がりが鈍くなります。
先頭部の長さは、N700系で約10.7メートル、500系とE5系で約15メートル。次世代の新幹線に向けた試験車両ALFA-Xには、約22メートルもの鼻をもつ先頭車があります。車両だけでなく、トンネルの入口にフードのような「緩衝工」を取りつける対策も、あわせて進められてきました。
カワセミに学んだ500系
鼻のかたちを探る過程では、自然がヒントになった例もあります。1997年に営業運転を始めたJR西日本の500系は、国内で初めて時速300キロでの営業運転を実現した車両です。開発にかかわった技術者の仲津英治さんは、野鳥観察が趣味でした。空中から水中へ、ほとんどしぶきを立てずに飛び込むカワセミのくちばしの形が、先頭部の設計の参考になったとされています。同じ500系では、架線から電気を取るパンタグラフの騒音を抑えるために、音を立てずに飛ぶフクロウの羽の仕組みも参考にされました。
ただし、長い鼻には代償もあります。鼻が長くなるほど先頭車両の客室は短くなり、座席の数が減ってしまうのです。どこまで鼻を伸ばすかは、速さと静かさ、そして運べる人の数とのせめぎ合いの中で決められています。いつもの新幹線の顔は、騒音と速度と座席のバランスを探った答えなのです。