点字を作ったのは誰?
フランスのルイ・ブライユです。目の見えなかった彼が、15歳ごろに6つの点の仕組みを考えました。
63通り
指先で紙の上の小さな盛り上がりをなぞり、文字を読む。点字は、目の見えない人や見えにくい人にとって、なくてはならない文字です。
この点字を考え出したのは、自身も目が見えなかったフランスの少年でした。しかも、その仕組みの骨組みができあがったとき、彼はまだ15歳だったといいます。
3歳の事故で光を失った少年
ルイ・ブライユは1809年1月4日、パリの東にある小さな村クーヴレで生まれました。父親は馬具職人です。3歳のとき、ルイは父の作業場で、革に穴をあける錐(きり)のような道具で片方の目を傷つけてしまいます。傷は感染症を起こし、やがてもう片方の目にも広がって、5歳になるころには両目とも見えなくなりました。
1819年、10歳のルイはパリの王立盲学校に入学します。当時の学校には、普通のアルファベットを紙に大きく浮き上がらせた本がありました。ところが、この浮き出し文字は指でなぞって読むには形が複雑で、1文字を読み取るのにも時間がかかりました。本は大きく重いうえに、生徒が自分で書くこともできませんでした。
ヒントは「夜の文字」
転機は1821年に訪れます。元軍人のシャルル・バルビエが考案した「夜の文字」が、学校に紹介されたのです。紙に打ち出した点の組み合わせを指で読み取る、というものでした。暗闇の中で兵士が使う暗号として生まれたとよく紹介されますが、はっきりした記録はありません。バルビエ自身は、のちにこの方法が軍隊や病院でも役立つと書いています。
点で文字を表すという発想は画期的でしたが、使いにくさもありました。縦に最大6つ、横に2列の最大12個の点を使うため、指先ひとつでは一度に触れきれません。しかも文字ではなく「音」を表す仕組みで、つづりや句読点、数字を書くこともできませんでした。
12個の点を6個に
ルイは、この「夜の文字」を改良することに打ちこみます。そしてたどり着いたのが、縦3つ、横2列の6つの点で1文字を表す方法でした。6つの点のどれを盛り上げるかで、点がひとつもない形を除いて63通りの組み合わせが作れます。アルファベットはもちろん、句読点や数字も表せます。何より、6つの点なら指先ひとつで一度に読み取れるのです。
ルイがこの仕組みを仲間に披露したのは1824年、15歳のころでした。1829年には、楽譜の書き方まで含めた最初の解説書を出版しています。のちに母校の教師となったルイは、1852年1月6日に結核のため43歳で亡くなりました。学校が点字を正式に採用したのは、その2年後のことです。1952年、亡くなって100年を機に、ルイの遺体はパリのパンテオンに移されました。
日本語の点字を作った石川倉次
点字はやがて世界中に広まり、それぞれの言語に合わせて作り変えられていきます。日本語の点字を作ったのは、東京盲唖学校の教師だった石川倉次です。
アルファベットは26文字ですが、日本語のかなは50音に濁音や半濁音も加わります。これを6つの点で表すのは簡単ではありませんでした。学校では教員や生徒の案も含めた複数の案が、実験を重ねながら比べられました。そして1890年11月1日の選定会で、石川の案が採用されます。6つの点のうち左上の3つの組み合わせで母音を、右下の3つで子音の行を表すという、かなの仕組みに合った工夫が光る方式でした。この点字は1901年に「日本訓盲点字」として官報に掲載され、この選定会の日にちなんで、11月1日は「日本点字制定記念日」とされています。