ローマ人は「嘔吐室」で吐いていた?
いいえ。ウォミトリウムは円形闘技場の観客用の通路で、吐くための部屋ではありません。
80か所
古代ローマの貴族たちは、宴会で満腹になると「ウォミトリウム(嘔吐室)」と呼ばれる部屋へ行って吐き、また席に戻って食べ続けた。そんな話を、雑学の本やテレビで聞いたことがあるかもしれません。ローマ帝国の豪華さと退廃ぶりを伝えるエピソードとして、いまも広く語られています。
ところが、歴史家たちはこの話にはっきりと首を振ります。ウォミトリウムは確かに古代ローマに実在しました。ただしそれは、人が吐くための部屋ではなかったのです。
「吐き出す」のは人の群れ
ウォミトリウム(複数形はウォミトリア)は、ラテン語の動詞「ウォメレ(吐き出す)」に、場所を表す語尾がついた言葉です。たしかに英語の「vomit(吐く)」と同じ仲間ですが、指していたのは円形闘技場や劇場の観客席の下や裏にある通路でした。
その代表がローマのコロッセオです。推定5万〜8万人を収容できたこの巨大な闘技場には、1階に80か所の出入口があり、そのうち76か所が一般の観客用でした。入口や階段には番号が振られ、観客は番号入りの券を頼りに自分の区画へ向かいます。通路を抜けて客席に出る口がウォミトリウムで、催しが終わると、大観衆がここから一斉に外へ流れ出しました。数分で全員が退場できたともいわれます。
建物の口から人の波がどっとあふれ出す様子を「吐き出す」にたとえた、なかなか絵になる名前です。
古代の文献に「嘔吐室」はない
この言葉が場所の名前として使われた例は、現存する古代の文献ではひとつしか知られていません。4世紀末から5世紀初めごろの著述家マクロビウスの『サトゥルナリア』です。彼は、朝のあいさつに訪れた客の波を屋敷が「吐き出す」という詩人ウェルギリウスの一節を説明するなかで、見世物の会場にある「ウォミトリア」もそこから来た呼び名だと書いています。やはり人の流れの話です。
一方、宴会の後に吐くための部屋について書いた古代の記録は見つかっていません。
それでも、吐く人はいた
では、ローマ人は宴会で吐かなかったのかというと、そうとも言い切れません。皇帝クラウディウスについて、歴史家スエトニウスは、満腹になるまで食べて飲み、仰向けに眠ると、胃を楽にするために羽根を喉に差し入れられたと伝えています。政治家キケロも、自分の別荘で食事をしたカエサルが吐き薬による療法の最中だったと手紙に記しました。
哲学者セネカは、追放先から母に宛てた書簡で、遠い土地から取り寄せた珍味をむさぼる金持ちたちを**「食べるために吐き、吐くために食べる」**と痛烈に批判しています。
ただし、こうした記述は一部の人の習慣や医療としての嘔吐、あるいは贅沢を戒めるための誇張を含んだ批判です。どれも、専用の部屋があったことを示してはいません。
誤解はいつ生まれたのか
ウォミトリウムを「吐く部屋」とする使い方は、近代になって広まったものです。オックスフォード英語辞典は、この意味の早い例として、イギリスの作家オルダス・ハクスリーが1923年に発表した小説『アンティック・ヘイ』を挙げています。19世紀の文章にも、すでに混同が見られるという指摘があります。
言葉の見た目が「吐く」を連想させたうえに、19世紀の絵画や小説が描いた「贅沢に溺れるローマ人」のイメージが、この話をもっともらしく見せたのでしょう。セネカの辛辣な一文も、文脈を離れて引用されるうちに、ローマ人全体の習慣のように受け取られていったと考えられます。