面ファスナーは植物から生まれた?
はい。スイスの技師が、服や犬の毛にくっついたゴボウの仲間の実を顕微鏡で調べて思いつきました。
子ども用の靴、財布、リュックの肩ひも、病院の血圧計の腕帯。押しつけるだけでくっつき、引っぱればバリバリと音を立ててはがれる留め具は、私たちの身のまわりにあふれています。
日本では「マジックテープ」と呼ぶ人が多いのですが、これはクラレという会社の登録商標で、一般的な名前は「面ファスナー」です。この便利な留め具は、ある技師が野山から持ち帰った、ちいさな植物の実から生まれました。
犬の毛についた「ひっつき虫」
発明したのは、スイスの技師ジョルジュ・ド・メストラルです。1907年にローザンヌ近くの村で生まれ、ローザンヌの工科大学で学んだ人物でした。
面ファスナーメーカーのベルクロ社によると、1941年、ド・メストラルは愛犬を連れてアルプスへ狩りに出かけました(1948年のこととする資料もあります)。帰ってみると、ズボンにも犬の毛にも、とげだらけの実がびっしりついています。日本の子どもたちが「ひっつき虫」と呼ぶような、服にくっつく植物の実です。
それは、ゴボウの仲間の実でした。ゴボウといえば日本では根を食べる野菜ですが、花が終わると、細いとげにびっしり覆われた丸い実をつけます。
なぜこんなにしつこくくっつくのか。不思議に思ったド・メストラルが顕微鏡でのぞいてみると、とげの先がどれも小さなかぎ状に曲がっていて、それが布の糸の輪や動物の毛に引っかかっていました。かぎと輪を組み合わせれば、くっついたりはがれたりする留め具が作れるのではないか。そうひらめいたのです。
完成までに約10年
アイデアを形にするのは簡単ではありませんでした。ド・メストラルは織物の町として知られるフランスのリヨンで協力者を探し、まず綿で試作しましたが、綿のかぎはすぐにすり切れてしまいます。
そこで目をつけたのが、当時まだ新しい合成繊維だったナイロンです。ナイロンの糸で織った小さな輪を熱で固め、輪の一方を切り落とすと、丈夫なかぎができることがわかったのです。これを機械で大量に織れるようにするまでに、さらに長い年月がかかり、完成までには約10年を要したといわれます。
1951年、ド・メストラルはスイスで特許を出願し、1950年代半ばにはスイスとアメリカで特許が認められました。名前は、フランス語で「ビロード」を意味する「ヴロール(velours)」と、「かぎ」を意味する「クロシェ(crochet)」を組み合わせた「ベルクロ(Velcro)」です。
かぎと輪が無数にからみ合う
面ファスナーは、2枚の布でできています。片方にはナイロンの小さなかぎがずらりと並び、もう片方には細い糸の輪がびっしりと生えています。押しつけると無数のかぎが輪に引っかかり、強く引っぱると、しなったかぎが輪から次々に外れて、はがれるしくみです。
このように生きものの形や仕組みをまねて道具を作ることを、「バイオミメティクス(生物模倣)」と呼びます。面ファスナーは、その代表例としてよく紹介されます。
ちなみに、面ファスナーはアメリカ航空宇宙局(NASA)が発明したと思われることもありますが、これは誤解です。NASAは1969年のアポロ11号などで、無重力で道具が漂わないように固定するために使いましたが、生みの親はあくまでド・メストラルです。
日本では新幹線から広まった
日本では、繊維メーカーのクラレが技術を取り入れ、1960年に「マジックテープ」の名で製造・販売を始めました。名前には、2枚の布がまるで魔法のように簡単にくっついたり離れたりする、という意味がこめられています。
普及のきっかけになったのは、1964年に開業した東海道新幹線でした。座席の頭の部分を覆うヘッドレストカバーに採用されたのです。その後、血圧計の腕帯やスニーカー、衣料品、医療用品、自動車の部品などへと、使い道が大きく広がっていきました。