消しゴムの前はパンで消していた?
本当です。ゴムが使われはじめる1770年ごろまで、鉛筆の跡はパンなどでこすって消していました。
1770年
美術の授業で木炭デッサンをするとき、消し具として食パンを渡された経験がある人もいるかもしれません。実は、これは昔ながらのやり方です。消しゴムが生まれる前、ヨーロッパの人々は、パンを使って鉛筆の跡を消していました。
では、なぜパンからゴムへと替わったのでしょうか。そのきっかけは、ちょっとした取り違えだったと伝えられています。
消しゴム以前の「消し道具」
インクで書いた文字を消すのは、昔から大変でした。羊皮紙やパピルスに書いた文字のまちがいは、軽石や砂岩のようなざらざらした石で、表面ごと削り取っていたといいます。
一方、鉛筆や木炭の跡は、紙の上に黒い粉がのっているだけです。そこで使われたのが、ろうの塊や、耳を落としたパンでした。やわらかく少ししっとりしたパンの中身でこすると、黒い粉がパンにくっついて取れるのです。
パンの消しゴムは、意外に最近まで使われていました。明治時代の東京で学生だった人が、ゴムの代わりにパンの消しゴムが量の制限なく配られたので、固いところを食べて少しでも空腹をしのいだ、という思い出を語った記録も残っています。
1770年、パンの代わりにゴムをつかんだ男
転機は18世紀のイギリスで訪れます。南米から伝わった天然ゴムは、当時「ガム・エラスティック」やフランス語の「カウチュク」と呼ばれる珍しい素材でした。
ロンドンの科学機器職人エドワード・ネアンは、パンくずを取るつもりで、うっかりゴムのかけらを手に取ったといわれます。ところが、それで紙をこすると、鉛筆の跡がきれいに消えました。ネアン自身が語ったとされるこの話がどこまで本当かはわかりませんが、彼がゴムの消しゴムを売り出したことは確かです。
1770年4月15日、のちに酸素の発見で知られる科学者ジョゼフ・プリーストリーは、著書の注で「鉛筆の跡を紙からぬぐい取るのにすばらしく適した物質を見た」と紹介し、それがネアンの店で売られていると書きました。値段は、1辺約1.3センチ(半インチ)の立方体で3シリング。かなりの高級品でした。
「こするもの」がゴムの名前に
このとき、素材そのものの呼び名も変わりはじめます。英語の「ラバー(rubber)」は、もともと「こするもの」という意味の言葉でした。それが、1770年から1778年ごろのあいだに、この新しい素材を指すようになったとされています。ゴムを意味する英語は、消しゴムから生まれたのです。
ただし、当時の天然ゴムは暑さで溶けてべたつき、寒さで硬くなる、扱いにくい素材でした。この弱点を解決したのが、1839年にアメリカのチャールズ・グッドイヤーが見つけた「加硫」です。ゴムに硫黄を加えて加熱すると、弾力があって長持ちする素材に変わります。これで消しゴムも、ぐっと身近な文房具になりました。
1858年には、アメリカのハイマン・リップマンが、鉛筆の端に消しゴムを取りつける特許を取りました。ただしこの特許は、のちに既存の2つの道具を組み合わせただけだとして、裁判で無効とされています。
プラスチック消しゴムと日本
いま日本の文房具店に並ぶ消しゴムの多くは、ゴムではなく、塩化ビニルなどでできた「プラスチック消しゴム」です。消しくずが黒い粉を包みこんで取り去るため、軽い力できれいに消せます。
その先駆けとされるのが、日本の文具メーカー、シードです。同社は1956年に、世界に先駆けてプラスチック字消しの生産を始めたとしています。同じころアメリカにも塩化ビニルを使った消しゴムの特許があり、どこが最初かについては諸説ありますが、プラスチック消しゴムが日本で大きく花開いたのは確かです。「消しゴム」と呼びながら、中身はもうゴムではないというのも面白いところです。