宇宙に音はある?
ふつうの宇宙空間では音は伝わりません。ただしガスの濃い場所では、音の波が見つかっています。
1979年公開の映画『エイリアン』の英語の宣伝文句は、「宇宙では、あなたの悲鳴は誰にも聞こえない」という意味のものでした。宇宙は音のない世界だという話は、多くの人が一度は聞いたことがあるでしょう。一方で、SF映画の宇宙船は、ごう音を響かせて飛び、派手な音とともに爆発します。
本当のところ、宇宙に音はあるのでしょうか。答えは「ほとんどの場所では、ない」。けれども、宇宙のある場所では、人間には決して聞こえない、とてつもなく低い音が鳴り響いていることがわかっています。
音は「空気のふるえ」
そもそも音とは何でしょう。私たちが声を出すと、のどの振動が周りの空気を押したり引いたりして、空気の濃い部分と薄い部分が次々に生まれます。この「濃淡の波」が空気の中を伝わり、耳の鼓膜をふるわせることで、私たちは音を感じます。地上の空気中では、音は秒速約340メートルで進みます。
つまり音が伝わるには、空気や水、金属のような、ふるえを受け渡す「もの」が必要です。ところが宇宙空間は、ほぼ真空です。地上の空気には、1立方センチメートルあたり数千京個(京は1兆の1万倍)もの分子がひしめいていますが、星と星のあいだの空間には、同じ体積にせいぜい数個ほどの原子しかないような場所も珍しくありません。ふるえを伝える相手がいなければ、音は進めないのです。
宇宙飛行士が船外活動をするとき、すぐ隣にいる仲間とも無線で会話するのはこのためです。ヘルメットを近づけて大声を出しても、そのあいだの真空を声が渡ることはありません。
宇宙は完全な「空っぽ」ではない
とはいえ、宇宙はどこまでも完全に空っぽというわけではありません。星と星のあいだにも薄いガスが漂っていますし、場所によってはもっと多くのガスが集まっています。
音は、媒質がとても薄くても、波長が十分に長ければ伝わることができます。そして宇宙には、ガスがたっぷりと満ちた、巨大な「音の通り道」が存在します。数百から数千もの銀河が集まった「銀河団」です。銀河団の銀河と銀河のあいだは、数千万度にもなる高温のガスで満たされています。このガスは非常に熱いため、目に見える光ではなくX線で輝いています。
ペルセウス座銀河団に響く「シのフラット」
2003年、イギリスの天文学者アンドリュー・ファビアンらの研究チームは、NASAのX線天文衛星チャンドラの観測データから、驚くべき発見を報告しました。地球から約2億5000万光年離れたペルセウス座銀河団のガスに、池に広がる波紋のような模様が刻まれていたのです。
これは、銀河団の中心にある巨大ブラックホールの活動によって生まれた、音の波だと考えられています。ブラックホールの周辺から噴き出す物質がガスを押しのけて巨大な泡をつくり、そのときの圧力の波が、まわりのガスへ数十万光年にわたって広がっていたのです。
この波を音として表すと、音程は「シのフラット(変ロ)」。ただし、ピアノの真ん中の「ド」より57オクターブも低い音です。ふつうのピアノの鍵盤が7オクターブあまりしかないことを考えると、その低さは想像を超えています。1回振動するのに、およそ1000万年もかかる計算です。研究チームは、この音の波が運ぶエネルギーが銀河団のガスを温め、ガスが冷えて新しい星が生まれすぎるのを防いでいるのではないかと考えています。
聞こえる音に変えてみると
人間の耳では、とても聞くことのできない音です。そこでNASAは2022年、この音の波のデータを、人間に聞こえる高さまで引き上げる試みを発表しました。本来の音を57オクターブと58オクターブ高くする、つまり周波数を約14京倍、約29京倍にするという大胆な変換です。
できあがった音は低くうなるような響きで、「不気味だ」と話題になりました。宇宙の観測データを音に置き換える取り組みは「ソニフィケーション(可聴化)」と呼ばれ、ほかにも数多く公開されています。その多くは、画像の明るさなどを音の高さに割り当てたもので、実際の音ではありません。ペルセウス座銀河団の音が特別なのは、もともと宇宙のガスの中を本当に伝わっていた音の波をもとにしている点です。