世界初の自動車は?
1769年にフランスのキュニョーが造った蒸気車とされます。ガソリン車なら1886年のベンツ車です。
1769年
「自動車を発明したのは誰?」と聞かれたら、多くの人はドイツのカール・ベンツや、ゴットリープ・ダイムラーの名前を思い浮かべるかもしれません。いまも続く自動車メーカーの名前に、その名を残している人たちです。
けれども「自分の力で走る車」という意味で歴史をたどっていくと、ベンツの車より100年以上も前の、フランスの軍隊にたどり着きます。
大砲を運ぶための蒸気車
1769年、フランス陸軍の技術者ニコラ=ジョゼフ・キュニョーは、蒸気機関で動く車を試作しました。目的は、重い大砲を馬の代わりに引かせることです。翌1770年には実物大の車両が造られ、「ファルディエ・ア・ヴァプール(蒸気式の重量物運搬車)」と呼ばれました。
前に1つ、後ろに2つの車輪をもつ三輪車で、前輪のさらに前には巨大な銅のボイラーが突き出しています。重さは約2.5トン。ボイラーと2本のシリンダーを前輪といっしょに左右へ振ってかじを切る、という大胆な仕組みでした。
歩くより遅かった「世界初」
性能は、お世辞にも優秀とはいえませんでした。速度は時速4キロに届かない程度と推定され、人が歩くのとほとんど変わりません。ボイラーの能力が足りず、長くは走り続けられなかったうえ、重いボイラーが前に突き出しているため、かじ取りもかなり難しかったようです。
キュニョーの車が壁に衝突し、「世界初の自動車事故」を起こしたという有名な話もあります。ただ、この逸話は、事故があったとされる時期から30年以上たってから初めて記録に現れたもので、本当にあったかどうかははっきりしていません。
結局、後ろ盾だった有力者の失脚などもあって、計画は実用化されないまま終わりました。それでもこの車体は、パリの工芸博物館に今も大切に保存されています。
ベンツの「特許自動車」
19世紀に入ると、イギリスでは蒸気で走る乗合バスが街を走るようになりました。とはいえ、重く大きな蒸気機関は、手軽な乗り物には向いていませんでした。
流れを変えたのが、燃料をシリンダーの中で燃やして動く内燃機関です。ドイツのカール・ベンツは、小型のガソリンエンジンを積んだ三輪車を造り、1886年1月29日に特許を出願しました。この「ベンツ・パテント・モトールヴァーゲン」の特許(第37435号)は、しばしば「自動車の出生証明書」と呼ばれています。積まれていたのは1気筒のエンジンで、出力は1馬力に満たず、最高速度は時速16キロほど。それでも、馬に引かせる必要も、重い蒸気釜を積む必要もない身軽さは画期的でした。同じ1886年には、ダイムラーも馬車にエンジンを積んだ四輪車を走らせています。
つまり「世界初の自動車」の答えは、何を自動車と呼ぶかによって変わります。自分の力で走った最初の車ならキュニョーの蒸気車、現在の自動車に直接つながるガソリン車ならベンツの車、というのが一般的な整理です。ちなみに、電池で動く電気自動車の試みも、ガソリン車より早く19世紀の前半から始まっていました。
夫に内緒の100キロドライブ
ベンツの車を世に知らしめたのは、妻のベルタでした。1888年8月、ベルタは10代の息子2人を連れ、夫に知らせないまま、マンハイムから実家のあるプフォルツハイムまで、約100キロのドライブに出かけます。
途中で燃料が足りなくなると、薬局で燃料になる溶剤を買い求め、詰まった燃料の管は帽子のピンで掃除し、すり減ったブレーキは靴屋に革を張ってもらって直した、と伝えられています。この旅は評判になり、自動車が遠出にも使える乗り物だと示すことになりました。現在、そのルートは「ベルタ・ベンツ・メモリアルルート」として整備されています。