タンポポの綿毛はどこまで飛ぶ?
多くは親株から数メートルほどの所に落ちますが、風に乗れば1キロ以上運ばれるものもあるとされます。
100本
春の道ばたで、まん丸に膨らんだタンポポの綿毛を見つけると、つい摘んで息を吹きかけたくなります。白い綿毛はいっせいにほどけて、ふわりふわりと風に乗って散っていきます。
子どものころ、飛んでいく綿毛を目で追いかけた人も多いでしょう。あの綿毛は、いったいどこまで飛んでいくのでしょうか。じつはこの身近な問いに、ここ数年で物理学の目から新しい答えが出されています。
綿毛ひとつが、種ひとつ
まん丸の綿毛のかたまりは、たくさんの「落下傘」の集まりです。ひとつひとつを見ると、下の端に細長い実(種)があり、そこから細い柄がまっすぐ伸びて、その先に傘のような毛が広がっています。
この傘の部分を「冠毛(かんもう)」といいます。冠毛は約100本の細い毛でできていて、花の「がく」が変化したものと考えられています。
ただ、この冠毛は、パラシュートのような布ではありません。毛と毛のあいだはすき間だらけで、9割ほどがすき間だともいわれます。こんなにすかすかの傘で、どうして種を浮かせていられるのでしょうか。
空気の輪が種を支える
この謎を解いたのが、イギリスのエディンバラ大学の研究チームです。キャサル・カミンズさんやナオミ・ナカヤマさんらは、綿毛のまわりの空気の流れを目に見えるようにして調べ、2018年に科学誌『ネイチャー』に発表しました。
すると、綿毛の上に、ドーナツのような形をした空気の渦ができていることがわかりました。ふつう、円盤の後ろにできる渦は円盤にくっついていますが、綿毛の渦は冠毛から少し離れたところに浮かんでいます。毛のすき間を空気が通り抜けることで、渦が冠毛から切り離されたまま安定するのです。研究チームはこれを「分離した渦輪(セパレート・ボルテックス・リング)」と名づけました。すき間の大きさを変えた小さな円盤を人工的につくって比べたところ、本物の冠毛に近いすき間をもつ円盤でも、同じような渦ができることが確かめられています。
冠毛のすき間の具合は、この渦をちょうど安定させるように絶妙に整っていると考えられています。発表によると、この飛び方は、ふつうのパラシュートの設計で可能な効率の4倍にもなるといいます。少ない材料で、ゆっくりと長く落ちる。タンポポは、そんなしくみを手に入れていたのです。
ほとんどは近くに、でも一部は遠くへ
では、実際にどこまで飛ぶのでしょうか。同じ研究グループは2022年、イギリスの気象データを使って、綿毛が飛ぶ様子を1万回シミュレーションした結果を発表しています。
乾いた天気の日の風を使った計算では、飛んだ距離の中央値は4.3メートルでした。つまり、半分ほどの種は親株のすぐ近くに落ちるのです。それでも、全体の17.5%ほどは100メートルより遠くまで運ばれました。計算の上では、ごくまれに、はるか遠くまで飛んでいくものも現れました。実際、条件がそろえば1キロ以上運ばれることもあるといわれます。
さらにこの研究では、綿毛が天気に応じて形を変えることにも注目しています。霧や雨で湿ると冠毛は閉じてしまい、落ちる速さが上がるうえ、親株から離れにくくなります。そもそも湿った日は風が弱くなりがちです。仮に冠毛が開いたままだとしても、湿った日の風で計算すると、中央値は1.5メートル、100メートルより遠くに届くのは5.6%ほどにまで減りました。綿毛は、よく晴れて風の強い日を選んで旅立っているのだと考えられています。