人の体温はなぜ36〜37℃?
決定的な答えはまだありませんが、カビを防ぎつつ燃料代も抑えられる温度だという説があります。
体温計がピピッと鳴って、36.5℃。いつも通りだな、とほっとする。私たちは毎日のように体温を気にしていますが、そもそも人の体温は、なぜ36〜37℃なのでしょうか。40℃でも30℃でもなく、なぜこのあたりに落ち着いているのか。
実はこの素朴な疑問には、まだ決定的な答えがありません。ただ、「37℃」という数字の来歴をたどり、ほかの生きものと比べてみると、いくつか面白い手がかりが見えてきます。
「平熱37℃」を広めたドイツの医師
体温を診察の道具に変えた立役者が、ドイツの医師カール・ヴンダーリヒです。1868年に出版した本の中で、彼は健康な人の体温の平均をおよそ37℃と示し、38℃を超えたら熱がある、という目安を広めました。熱は病気そのものではなく病気の「症状」だと考え、患者の体温を毎日記録するグラフを病院に取り入れたのも彼だといわれています。
その数字を支えたのは、約2万5000人の患者のわきの下で測った、100万回を超えるともいわれる膨大な記録でした。当時の体温計は長さが30センチほどもあり、測り終えるまでに20分かかったと伝えられています。
日本では1957年に、東京大学の田坂定孝らが、10〜50代の健康な男女約3000人のわきの下の体温を測り、平均36.89℃と報告しました。この値は、いまも「日本人の平熱」としてよく引用されます。
平熱は少しずつ下がっている?
ところが2020年、アメリカのスタンフォード大学の研究チームが、意外な分析を発表しました。19世紀の南北戦争に従軍した兵士の記録から、1970年代の健康調査、2000年代以降の病院のデータまで、約160年分、延べ67万件を超える体温の記録を調べたのです。
その結果、アメリカ人の体温は、生まれた年代が10年新しくなるごとに約0.03℃ずつ下がっていました。19世紀初めに生まれた男性は、現代の男性より0.59℃高かった計算になります。現代の平均は、口の中で測って約36.6℃でした。
研究チームが理由として挙げたのは、衛生や医療の進歩です。結核のような長引く感染症や、虫歯・歯周病による炎症が減れば、体の中でくすぶる熱の原因も少なくなります。暖房や冷房のおかげで、体温を保つためにエネルギーを使う場面が減ったことも関係しているかもしれません。もっとも、昔の体温計の精度や測り方の違いを指摘する声もあり、どこまでが本当の変化なのかには議論があります。
体温は「カビよけ」の盾?
体温を一定に保つ動物の中でも、平熱はさまざまです。多くの哺乳類は36〜39℃ほど、鳥はさらに高く、40℃を超えるのが普通です。体温を高く保つには、たくさんの食べ物を燃やし続けなければなりません。では、私たちはなぜ、わざわざその燃料代を払っているのでしょうか。
その答えの候補として注目されているのが、カビの仲間です。アメリカのアルバート・アインシュタイン医科大学のアルトゥーロ・カサデヴァルらは2009年、4800株あまりの菌類(カビや酵母の仲間)が、どこまでの温度で育つかを調べました。すると30℃から先は、温度が1℃上がるごとに、育つことのできる菌がおよそ6%ずつ減っていきました。哺乳類の体温では、ほとんどの菌がうまく増えられないのです。
翌2010年、研究チームは、菌から身を守る効果と体温を保つための燃料代とを数式で比べ、そのバランスが最もよくなるのは約36.7℃だという計算を発表しました。私たちの平熱と、ほぼ重なる数字です。
体温の低いカエルなどの両生類が、ツボカビという菌による感染症で世界的に数を減らしていることも、この考えと響き合います。研究者の中には、恐竜の絶滅後に哺乳類が栄えた理由を、菌への強さと結びつける大胆な仮説を唱える人もいます。ただし、体温の高さを決めた要因はほかにも考えられ、「カビよけ説」はあくまで有力な仮説のひとつです。
平熱は一つの数字ではない
最後に、「平熱」には幅があることも覚えておきたいところです。体温は1日のうちに0.5℃ほど上下し、一般に明け方に低く、夕方に高くなります。測る場所によっても違い、直腸、口の中、わきの下の順に低くなるのが普通です。わきの下で36.2℃の人も、36.9℃の人も、それぞれにとってはそれが平熱でありうるのです。