血管をつなぐと地球2周半?
その「約10万km」は100年前の大まかな計算です。最近の見積もりでは、ずっと短くなっています。
「人の体の血管を全部つなぎ合わせると、およそ10万キロメートル。地球を2周半する長さになる」。理科の本や健康番組で、こんな話を聞いたことがある人は多いでしょう。地球1周は約4万キロなので、10万キロなら、たしかに2周半です。
ところがこの数字は、100年ほど前の、かなり大づかみな計算から来ています。しかも、その計算のモデルになったのは、現実にはなかなかいない、体重140キロを超える筋骨隆々の人でした。
数字の出どころはノーベル賞学者
「10万キロ」を最初に示したのは、デンマークの生理学者アウグスト・クローです。筋肉の中の毛細血管が血液の流れをどう調節しているかを研究し、1920年にノーベル生理学・医学賞を受けた人物です。
クローは、動物の筋肉を薄く切って顕微鏡でのぞき、断面1平方ミリあたりに何本の毛細血管があるかを数えました。そして、その密度をもとに、人の全身の筋肉に含まれる毛細血管の長さを見積もったのです。1922年に出版した著書の中で、彼はその長さを10万キロと見積もっています。
実はクロー自身も、この数字の大きさに頭を悩ませていました。それだけの毛細血管を血液で満たそうとすると、全身の血液の3分の1ほどが筋肉にとどまってしまう計算になるからです。そこで彼は、休んでいる筋肉では毛細血管の多くが閉じていて、運動すると開くのだと考えました。この「毛細血管の動員」という考え方は、その後の研究に大きな影響を与えました。
体重143キロ、筋肉50キロ
2020年、アメリカのカンザス州立大学の生理学者デイヴィッド・プールらは、クローの業績を振り返る論文の中で、この計算を検証しました。
すると、いくつもの「盛りすぎ」が見えてきました。クローが想定したのは、筋肉だけで50キロもある人でした。筋肉が体重の35%ほどを占めるとすると、体重は約143キロになります。さらに、計算に使った毛細血管の密度は1平方ミリあたり2000本で、これは人の筋肉で実際に測られる値の数倍にあたります。
そこでプールらは、体重70キロ、筋肉24.5キロの人を想定し、人の太ももの筋肉で測られた1平方ミリあたり約300本という密度を使って計算し直しました。すると、筋肉の毛細血管の長さは9000〜1万9000キロ。地球2周半どころか、半周にも届かない長さです。
プールらは、休んでいる筋肉でも毛細血管のほとんどに血液が流れていると指摘しています。毛細血管が実際にはずっと少ないのなら、クローを悩ませた血液の量の問題も、そもそも起きないわけです。
長さのほとんどは毛細血管
血管の長さの大部分を占めるのは、この毛細血管です。心臓から出たばかりの大動脈は直径2〜3センチほどありますが、枝分かれを繰り返すうちにどんどん細くなり、毛細血管では直径5〜10マイクロメートルほどになります。1ミリの100分の1前後、赤血球がやっと1列になって通れるくらいの細さです。
こうした細い管が、体のすみずみの細胞のすぐそばまで網の目のように張りめぐらされ、酸素や栄養を届けています。本数がけた違いに多いため、長さを足し合わせると、そのほとんどが毛細血管になるのです。
なお、プールらの数字は筋肉の毛細血管だけを見積もったもので、肺や肝臓、脳などの血管も含めた全身の正確な長さは、まだはっきりしていません。とはいえ、「地球2周半」が大きすぎる見積もりであることは確かなようです。それでも、数千キロ単位の血管が一人ひとりの体に収まっているのですから、驚くべき長さであることに変わりはありません。