バーコードは砂浜で生まれた?
はい。1949年、アメリカのウッドランドがマイアミビーチの砂にモールス信号を描いて思いついたといわれます。
100億回以上
スーパーのレジで、店員さんが商品をかざすと「ピッ」と音が鳴り、画面に値段が表示されます。お菓子の袋にも、牛乳パックにも、本の裏表紙にも、白と黒のしま模様が印刷されています。
このバーコードのアイデアは、70年以上前、アメリカの若い技術者が海辺の砂をなでたときに生まれたと伝えられています。
スーパーの経営者の悩み
始まりは1948年、アメリカ・フィラデルフィアのドレクセル工科大学でした。大学院生のバーナード・シルバーは、地元のスーパーの経営者が学部長に「レジで商品の情報を自動で読み取る方法を研究してもらえないか」と頼んでいるのを耳にします。学部長はこの話を断りましたが、シルバーは気になって、同じ大学にいた友人のジョセフ・ウッドランドに話しました。
レジで値段を一つひとつ打ちこむのは時間がかかり、打ちまちがいも起こります。商品に何かの印をつけて、機械に読ませることはできないか。2人はこの問題に取り組み始めました。
ウッドランドは考えに集中するため、大学をいったん離れ、フロリダ州マイアミビーチにある祖父の家に移ります。
砂に描いたモールス信号
ヒントになったのは、ボーイスカウト時代に覚えたモールス信号でした。点(・)と線(ー)の組み合わせで文字を表す、あの符号です。
1949年のある日、浜辺に座っていたウッドランドは、砂の上に点と線を描き、それを指で手前に引き伸ばしてみました。すると、点からは細い線が、線からは太い線が生まれます。後に彼は、点と線のことを考えながら4本の指を砂に差しこんで手前に引いたら、4本の線ができていた、と振り返っています。太さの違う線の並びで情報を表す。これがバーコードの原点でした。
2人は1949年10月に特許を出願し、1952年10月に認められます。特許には、まっすぐな線を並べたものに加え、線を丸く閉じて同心円にしたデザインも含まれていました。円形なら、どの向きから読み取っても同じように読めるからです。
時代が追いつくまで20年
ところが、アイデアはすぐには実用になりませんでした。印刷された細い線を正確に読み取る光源も、読み取った情報を処理するコンピューターも、まだ十分ではなかったのです。2人は1952年、この特許を電機メーカーのフィルコに1万5000ドルで売り、特許はその後RCA社の手に渡りました。
1970年代に入ると、レーザーやコンピューターの進歩で、ようやく実用化が見えてきます。RCA社は同心円のバーコードをスーパーで試しましたが、アメリカの食品業界が1973年に統一規格として選んだのは、IBMのジョージ・ローラーが設計した、縦線を並べるタイプでした。こちらのほうが印刷しやすかったのです。このIBMの開発には、ウッドランド自身も加わっていました。こうして生まれたのが、いまも使われている「UPC」という規格です。
最初に「ピッ」とされたのはガム
1974年6月26日の朝8時すぎ、オハイオ州トロイのスーパーで、初めて商品のバーコードがレジで読み取られました。選ばれたのは、リグレー社のチューインガム「ジューシーフルーツ」の10枚入りパック。レジには67セントと表示されました。
日本では1978年、ヨーロッパの規格を取り入れた「JANコード」が定められます。1982年には、コンビニエンスストアのセブン-イレブンがバーコードを使ったPOSシステムを導入し、取引先に商品へのバーコード印刷を求めたことから、一気に広まりました。いまではGS1という国際機関の規格のバーコードが、世界で1日に100億回以上読み取られているといいます。