日本列島は動いている?
動いています。4枚のプレートに押され、場所によっては1年に数センチずつ位置が変わっています。
1300か所
地図に描かれた日本列島の形は、何十年たっても変わらないように見えます。家の場所も、山の位置も、昨日と今日で違うなどということはありません。
ところが、人工衛星を使って位置をミリ単位で測ってみると、話は違ってきます。日本列島の大地は、ふだんから少しずつ、決まった向きに動き続けているのです。
4枚のプレートがぶつかる場所
地球の表面は、「プレート」と呼ばれる十数枚の巨大な岩盤に分かれています。プレートは、地球内部のゆっくりとした動きに乗って、それぞれ別の方向へ移動しています。
日本列島は、そのうち4枚のプレートが集まる場所にあります。陸のプレートである北米プレートとユーラシアプレート、そして海のプレートである太平洋プレートとフィリピン海プレートです。重くて密度の大きい海のプレートは、陸のプレートの下へ斜めに沈み込んでいます。その境目にあたるのが、日本海溝や南海トラフといった、海底の深い溝です。
太平洋プレートは、東の沖から日本列島に向かって、1年におよそ8センチメートルの速さで近づいてきます。フィリピン海プレートは南の方から、1年に数センチメートルの速さです。私たちの爪が伸びる速さと同じくらいか、それより少し速い程度の、ごくゆっくりとした動きです。
1300の「動きの見張り番」
この動きを毎日見守っているのが、国土地理院の「電子基準点」です。全国におよそ20キロメートル間隔、約1300か所に設置されていて、GPSなどの測位衛星からの電波を受信し、自分の位置を連続して測り続けています。こうした観測網は、1996年から本格的に運用されています。
電子基準点のデータを並べてみると、日本列島の動きが矢印の地図のように浮かび上がります。たとえば2011年より前の東北地方の太平洋側では、多くの観測点が年に数センチずつ西の方へ動いていました。東から近づいてくる太平洋プレートに押され、陸側のプレートが少しずつ縮められていたのです。
ただし、プレートの境目は、いつもなめらかに滑っているわけではありません。沈み込む海のプレートに陸側が引きずられ、ひずみがたまっていきます。そのひずみが一気に解放されるのが、プレートの境目で起きる大きな地震です。
地震で5メートル動いた半島
2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震(マグニチュード9.0)では、電子基準点がその大きな変化を記録しました。宮城県石巻市の牡鹿(おしか)半島にある電子基準点「牡鹿」は、地震によって東南東の方向へ約5.3メートル動き、同時に約1.2メートル沈み込んだのです。長い年月をかけて西へ押し縮められていた大地が、反対向きに大きく戻った動きだと考えられています。
大地の動きは、地震の瞬間だけで終わったわけではありません。その後も東北地方を中心に、地震前とは逆の東向きの動きがゆっくりと続き、こうした「余効変動」は10年以上たっても観測されています。これほど地面が動くと、地図や測量のもとになる位置の情報もずれてしまいます。そのため国土地理院は2011年、東日本を中心に、基準点の位置の値を改めました。
もっと長い時間で見ると、日本列島そのものも、プレートの動きがつくりだしたものです。かつて日本列島はアジア大陸の東の縁にありましたが、およそ2000万年前から1500万年前ごろにかけて大陸から離れ、そのあいだに日本海が広がったと考えられています。私たちが暮らす大地は、今もその長い旅の途中にあるのです。